阿左見先生とは東京歯科大学の同期の桜として公私にわたりお付き合いさせて頂いて来ました。
卒後母校の口腔外科へ入局され、口腔解剖学教室で学位を取得された後に口腔外科医として、また修復分野においてもナソロジストとして地域医療に貢献されて来られたことは皆さんの知るところでございます。
長い間、C型肝炎と闘いながらも、日頃からエネルギッシュに何事にも取り組む姿勢は、歯科医学のみならず趣味の世界にも広がっておりました。
1977年にICDに入会され、私がその10年後に入会させて頂いた時には、すでに会の中枢で常任理事として会の発展に寄与されておりました。今後もICDのためにさらなる活躍を嘱望されていた有能な人材を失ったことは会にとりましても大変な損失であり、誠に痛恨の極みであります。人生は80年の時代となった現在ですが、先生の生き方から人の一生の価値とは命の長さを競うのではなく、過ごした人生の充実さの度合いで計られることではなかろうかと考えさせられる次第です。思い残すことは多々あったにせよ病苦を厭わず、常に前向きに進んできてある意味では燃焼し尽くした部分もあったことと信じております。
思えば亡くなる2週間程前に電話口で旭川でのクラス会に出席できそうだと久し振りに晴れやかな声の余韻がいまだに私の耳に残っております。 心からご冥福をお祈り申し上げます。 |