小倉 喜一郎
はじめまして。2012年度新フェローとしてICDに入会させていただいた,小倉喜一郎と申します。
出身地は四国高松で,出身大学は日本歯科大学です。1995年に卒業し,1999年に衛生学講座大学院に進み修了後,歯周病学教室に在籍した後,紆余曲折を経て現在は日本医科大学千葉北総病院の歯科に在籍しております。
内容については,臨床関連が主で全身疾患関連における包括的な歯科治療について多く行っております。またその範疇での,歯周治療やインプラントも積極的におこなっております。しかしながら現在,自分の無知からでしょうか,日々の医療の進歩なのでしょうか,矢継ぎ早に経験のしたことのない刺激的な事柄を多岐にわたる分野から経験させていただき,未熟さを切に感じているとともに,日々勉強となっております。そのためお手数をおかけいたしますが皆様,ご指導,ご鞭撻の程よろしくお願いしたく存じます。
鈴木 明夫
1984年、日本青年会議所医療部が日本大学松戸歯学部の松江一郎教授(当時)の指導のもと共同で厚生省(現厚生労働省)の資料をもとに全国100歳以上高齢者の口腔疾患に関する世界初の疫学的調査を行った。私は当時、部会長であり100名近い対象者の方の調査に携わった。
連絡が取れた1186名の実質調査対象者のうち調査票が回収できたのは447名、回収率37.7%であった。その中でも印象的な慶応元年(1865年)生まれ当時120歳で世界最高齢者だった泉重千代氏との出会いとお聞きしたエピソードの一部を紹介する。
泉氏は終戦後まもなく神戸の親戚の家に10日程滞在している間に歯科医院にて残存歯をすべて抜歯し総義歯をつくり徳之島伊仙町にもどった。3日ほど義歯を試みたそうだが痛くて食べられず以後約40年間無歯顎であった。顎堤の吸収は顕著ではなくむしろしっかりしていた。毎日、日本手拭いで舌と顎堤を丁寧に磨くようにマッサージしていた。舌の奥までなでるようにしていた見事な手つきは今でも思い出される。前歯部の歯槽頂部は角化しており家族とほぼ同じ食事をとり調査時には鰻の串焼きを美味しそうに食べて見せてくれた。毎夕、黒糖酒コップ半分をお湯割にして飲まれていた。
内科主治医にお聞きしたところ、泉氏は100歳を超えてもサトウキビを担ぐなどの作業をしており内科的データはチューリッヒでの内科学会で発表され賞賛と驚嘆の感想が多数寄せられたとのことであった。
NHKのスタッフも5名が2日にわたって日常生活を同行取材した。取材陣はこのケースから健康長寿と歯については懐疑的であったが、報道は調査中でもあり控えてくれた。その後の調査研究によって現在ではオーラルヘルスと全身の健康について明らかにされつつある。8020運動の推進にも一石を投じたものと言われているこの調査の一端を提示し、入会させていただくにあたっての報告といたします。